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続く - 09 -
コヤママサシ
ありがとうございます
7月7日
たくさんのご意見 ご感想をいただきました
そして 自分で気がつかなかった事に 当然のように気づかされました
日常の中で見過ごしていた宝箱を 次から次へと開ける感じでした
その中で 腑に落ちた「気づき」は とてもシンプルなものでした
毎日の人との繋がりや その後に感じる 孤独感などにも通じる事柄でした
この身体と五感から発せられる「心や言葉」を
「球体」という感覚で見ると 納得できる事がたくさんある
心のどこかを取り上げると どこかか歪み元に戻そうとして 余計な力が入ってしまう
ひとつの塊を取り上げると ひとつの塊がへこんで弱っていた部分が決壊する時がある
気持ちからどんどん離れて行く と 思と時は どこかに穴が開いていたと 気がつく
じっとしていると 支えている部分だけに圧力がかかり どんどんへこんで 痛くなる
痒い所を掻きすぎると出血し カサブタになるまで 今度はそこにしか注意が向かない
「球体」は「バランス」が崩れると とたんに不安定に転がる
心や言葉が「心」より「繕う」ための「修復」作用が働いて
使いたい言葉ではなく「止血」のための言葉になってしまう
たぶん 本当に使いたい言葉ではない事がある
自然とどこかで「バランス」をとろうとしていました
この「バランス」感覚が 自分の「骨格」だったという事を改めて知りました
この「バランス」感覚が 自分の「言葉」となり着地したのだと気付きました
もちろん容易に「バランス」を保つことはできません
「アンバランス」とつきあう事が「バランス」をとることだと解りました
もう 後戻りできない 世界を 見続けることでバランスをとりたい
そこから出てくる アジテーションからはみ出た そこに属さない心や言葉や景色を
1mmでもいいから次に繋がるようにしてみたい
追記
お返事をいただきました
忘れたくないので 追記しておきます
ありがとうございす
「正面は360°あるってことを忘れがちでした。
球体なのに、ここが正面と思って、そう思った正面を凝視するから、
変な方に転がったり、決壊したりするんですね。」
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